悲しい時は充分悲しめ、余念なく悲しめ、じーっと悲しみを味ひなさい、貴女でなくては、その悲しみが味へないのだ、自分だけで味へる悲しみなのだ。
㐂しいときは、よろこんでその㐂しさを満喫せよ、日常の一つ一つを味ひ、一つ一つに徹底して行け、此の時に、何彼と考へる、理屈をつける、そして、理性だとか、学問的批判とかやってみて、そして、結局は不徹底になるのだ、そして青白きインテリになって終って、「私も坐禪をやってみませうか」だ、中途はんぱメ、胃下垂か、血圧でも下げるのと同じに思ってゐるのか。死んでから、出直して来い!!
俺の道場はこうしたい。誰でも来い、何でも来いの主義でやる、恋に悩んだ結婚!商賣で苦しんで居る、
さあさあ此処に座って考えなさい。商賣が苦しい苦しいと休みなしに考えよ、休んでは駄目だ!!休みなしに苦しい苦しい、どうしやう。何故苦しくなったか、どうしたら良いのか、どうしようどうしようと考へよ。
さあ、此処では誰も相談相手になにかなってやらないよ、貴方のグチなんか、聞きっこなし、自分でじっと考えるさ!!考へしたひれたら、臥て考へてもいい、柱によりかかってもよい、只、決して考へることだけは休んではいけぬ。
俺は、ポンポコナーポンポコナーと、木魚では吐いて居てあげる。
