人間性なんて、宗教や道徳で押へ付けられるべきてはない。人間性の本質なんてそんなに弱いものではない。
人間とは動物なんだ、これ以外になにもない。
学問だ、社会的地位だ、教養だ、お化粧だ、みんな生活の殻に塗り付けたものだ、その一皮むいたら、人間の慾望が出て来る、此の尊い生きる慾望をこんどは佛教が「煩悩」だと罪悪視する、たまらないネ、徳川時代の人間がみんな煩悩の無い聖人だったら、今の明治以来大正昭和と受け付くべき、何も残って居るまい。煩悩が自然なのだ、これがあって、文化が保たれ、抵抗から、新らしい思想と、生活と、芸術の進化があるのだ。
だから、煩悩などと云はずに、放っときな。よろめかして置きなさい。新らしい自然の人間としての倫理がこれから出来て来るし、恋愛理論も新らしくなるし、結婚の仕方も、夫婦の形も、これからの時代相に同調して変って来る。
酒だって味噌だって一度は発酵しなければ出来ないものだ。それと同じ様によろめきは発酵して居ることを示してゐるのだ、そこに古るい酒、古るい味噌を加えてはいけない。
人間なんて、「カメレオン」や「兩蛙」のやうに、その境遇によって適当に自分の色を変え、考へ方を適應させて来たものだし、これからもその通りなのである。とても力強く生き抜いて来て居るものである、
