「よろめき」と云う言葉が流行してからもう五年程もなるか、『美徳のよろめき』と云ふ小説に源を発して、今ではよろめきと云う言葉に不思議さを感じなくなってゐる。それと同時によろめきと云うことに不道徳の感じも薄らいで来てゐるやうに感ずる。言葉の魔術と云うものか、輕るい気持で日常使ってゐると、それが当り前の、容易なことのやうに思はれて来る、
昔、孔子と云ふカタブツが、禮を正すには言葉を先に正さなくてはならぬと言ってゐるが、本当に相互のお話の言葉使ひでは、よろめくのは何でもない様な気さへ起って来る。恐ろしきは言葉である。
よろめく のは今まで堅い路を歩るいて来たから柔らかいぬかるみがあってよろめくのだ。
ところが、近頃の不安定の世の中では、今の女はみなよろめきたがってゐるのさ、男もさ、否よろめいてゐるのである。落付いて生活出来てゐない。ドッシリと大地に根を生やした様に迷ふことなく自分の生き方を持ってゐるものは居ない。株が暴落したと云っては、株を持ってゐない者まで騒ぐ、アパート、團地などでは、さも持って居て、「本当に大損ざあます」と損をした様な顔をしないと、口惜しくなるらしいから妙だ。損をした顔をするのも流行なんだから面白いものである。
終戰直後の頃は、「ギョ!!」と云う言葉が流行した。「ギョだわ!!」「本当にギョだったの」の類だ、字引を調べたらあったね、
圉と云ふ字である、ギョとは苦しめる者、うまかひ、馬を養ふ人苦しんでのびのびしないさま。とある圉人とは、王様の馬のくつわを取る者なので奴隷のやうな貧しい者を指す。
だから、ギョッギョッとは苦しい苦しいの意である。
驚いた驚いたではない。戰後占領軍に首根っ子を押さえられた圉なのだ、アメリカの下男の圉だ。囚人の圉だ。大衆はギョと云う言葉を発明して居る、何も知らずに、自然に使ひ初めた言葉だけど、天は人をしてものを云はしむとはこの事である。
