今日は角力取り奴等が居ないので、ボンヤリと湯に漬ってゐたら、傍の親父が唸り出した。渋い聲の「木遺り」だ。
野太く唄い上げては細く細く流してくる。表から裏に巧みに節を廻してプツと切っては、又唄ひつぐ。好いね。全く、木遺りは男の唄さ。
人形町に居る頃は、毎夕五時頃風呂に行くと、きまって清本を唄ふオヤジと一緒になった。顔なじみになって終って、一緒に風呂に這入って、聞くのも苦しみになったし、楽しんで唄ってきかせてもくれた。風呂屋友達、どこで、何をしてゐるオヤジか判らぬ。
夜は、おそく、窓の下を新内流しがチチンチンと通って㐂しかった。下町花柳界の味があって。今度は、木遺りをきかれると嬉しくなった。
流しでゴシゴシ石鹸をを使ひながら、その節廻しをきいている中にふと「民族の唄」と言った事を思ひ出した。五年程以前、三島の小田切博士の招待で、伊豆の三津浜へ一緒に密椎がりに行ったことがある。
