近頃また病気が出たか、しきりに印度に行きたい。田舎の女房に曰く、「今、アメリカから、或はフランスから迎えに来ても(大きいだろ!!)行かない、でも若し印度に行く事が出来たら、一切投げ棄ててゆく、止めてはいけないよ」隨分熱中したもので、惚れた女に逢ひに行くよりも熱い。性命的なものかも知れない。
憧れと云うものか、只、行ってみたい。
「何の為に印度へ行かれんるですか」と時計会社の社長さんがびっくりして聞く。「何でもないさ、只行ってみたい。印度の空気を吸ってみたい。風の音を聞きたい。只それだけ」と言ったら、「何だか判るやうな気もする」と言ってくれた。理屈は抜きで、只それで良いんだ。
印度の大地を裸足で踏んでみたい、どんな色の土だろ。村から村へ歩いてみたい。そこには何万何千年前と同じ風のささやきがある、それをじっと聞いてたら、何か納得行って安心出来るやうな気がするのだ。
支那の漢口の奥、安陸の方の三陽鎭と言ふ処で戰って居るとき、よく、敵兵の居ない時、支那部落へ遊びに行った。内地製の片言支那語で喋りに行く、ガランとした村だ、五六軒の家が、山間の斜面に土壁で囲まれてゐる。
