俺は昨夜、印度語を覚えやう、喋れるまでやろうと決心した。
須永さんの奥様が久し振りで来て下さって、話がはづむ、旦那様が来月シンガポールから、印度にまで旅行なさると云う。俺は羨ましくなって、遂々印度語を習うことまで話がコロガッて行く。
「印度語なんて、日本のグランマーと同じよ、すぐ覚えられるから、印度に行かれるまで覚えて終ひなさい」
在印十五年の經歴を持つ奥様に云はれて、印度に行くことが既定の事實みたいになるから妙だ。俺も印度に行く気になって終ってゐる。
印度行の希望は十八九の頃からだが、その頃は東洋史の研究から、イギリスの侵略に慷慨して、印度革命、印度庶民族の獨立だなんて、本気になって喋って居たっけ、その頃の良き相棒はとっくに死んでゐる。
ラスビハ・ボース氏と懇意にして本を頂いたものも此の頃、二十二三才の頃、国粹青年黨の時代である。
