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「片片草」 狼-5

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-06-17

 

道德が発達したことは社会が乱れたことにある、相互に純眞な愛情で交渉することが出来なくなったからである。宗教が發達したことは人間共の悪智恵が發達して、階級が出来、生活が一層苦くなった事に依る。だから見よ、釋迦は四姓を否定し、キリストは民族的な差別を否定して「愛」を尊しとして居る。貴顯の人と雖も悪事を成せば地獄に堕ち、貧愚で合っても善事をすれば天上極楽に生ずると云う、これは階級性の否認なのだ。


それを後世の坊主達は、地獄まで階級を考へたり、天上界にまで階級を與へた。曰く、九品の位である。こんなにまで堕落した理屈、釋迦の教への根本事情と理念を忘れて、宗教らしい宗教を作って、宗教と云う面目が生じたのである。


「衣食足りて禮節を知る」の逆で、宗教家も喰う為に宗教を立派にして、大衆の眼をくらまし、宗教的な生活の意義を作って、人間本来の生活を忘れさせた。


沢庵和尚の曰く、ほとけは法を賣り、祖師は佛を賣り、末世の僧は祖師を賣るとはこれであろう。


人間の社会にも又個人の生活にも、虫の生活と同じやうに自己保存以外には何もないのだ。自然性は、「先づ己が生きぬくこと」これ以外には何もないのである、これを無視しては、愛も何もないのだ。
 

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