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「片片草」 ラジオ眼鏡-3

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-06-22

 

大衆は生きとし生けるものである。本来、政治や宗教、や学術に無関心なものである。只、目先き、ものにとらはれて、その時その時に納得が行けばよいものである。その大衆の求めるものを掴んで示した者が儲けるのだ。地位でも金でも、大衆のクセを知って行へば成功する。そのクセは平常の言葉、スローガンに依って左右されるのである。


大学の政治科を卆業した青年に、政治学って、大衆を動かしたり統制する為の手段に、デマの飛ばし方や、世論の動かし方を教へるものかときいたら、変な顔をして、いゝえ政治学なんてそんなものではありません。と答へた。


大衆の動きの眞相を知り、これをどう云う風にしたら、右に動く、こんなに刺激したら左に向くこれを知らなかったら政治家じやあるまいと重ねて云ったら、先生はローマの潜王みたいだったと云った。その言葉だけは、旨いと思ふ、大学出だけはあるね。


まあ、大衆は動かされ易い。ラジオやテレビが毎日動かしてゐる。大鵬が勝った、柏戶が負けたで一喜一憂してゐるではないか。


こんなにして、大衆の脳が退化してゐるんだのに、もっともっと小ちやなキカイが出来て、国民全体が頭の中にはめこまされて、毎日右に行ったり、左に行ったり、こんなことを心配する俺の頭が古いのか知らん、ポコンポコンと云う音だ、どうもすき間があるらしい。
 

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