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「片片草」 毒矢-3

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-08-07

 

必要なことは、早く壮健な丈夫な躯になり、壮健な心に還ることである。その正しく、壮健な状態になり切れば、この五体、此の行動すべてが自然宇宙の大生命とたくまずして一致して居るのである。


其処にお前の云う、”絶対なるもの”の活動があり、宇宙の意志、眞理の活動が期せずして得られるのだ。


然し、その壮健な、正しい認識を出来る為には、正しい智恵が得られなければならない。その前に毒矢に苦しんでゐる躯を守らなければならぬ。丁度医師が病む人を救うためにいろいろ薬餌(智識)と規則(掟や律)を與える様なものである。


病を正しく知る者は智者である、愈す手段を知って居る者は医師である、智識を求める、正しい智恵を求める、それは良い事であるが、智識を智識とする為に求めることは、それは、丁度海辺に立って、海を知る、大陸を知る為と、砂の一粒一粒を分析して調べるやうなものである、遂にはその一つ一つの相違に幻惑されて、遂に大海を見ること、大陸を知ること、浪の働きを見ることを忘れて終う、人の動きを見て自己を忘れて終う、人の智識を訪ねのぞき廻っても遂に本当の自己の智恵は出て来ない。


正しい智恵正しい智識は、正しい躯、正しい業、正しい生活から自然に得られるものである。お釈迦さまのお話は終りました。皆は靜かに合掌して立ち上りました。

これは私の佛教を理解する私の見方である、そして、お釈迦さまはこの様に教へさとしたのだろうと思ひきめてゐる。
私の信仰の仕方でもある。
 

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