「なまがね」はいくら叩いても燒いても打っても、曲げても、冷やしてもヤキが這入らないから、ゆっくり鍛鍊出来る、三年は鍛だ、鍊は十年だ、いくらでも鍛鍊出来る。そして、どの様なものにも形を変え、又、ゆっくり整へてゆかれるものだ、如何に高い熱にも堪え、冷却にも堪えて、ところがハガネは鍛鍊が出来ない。スグ燒が這入るし、又少し熱度が高く加へられると、中にスが出来て全然役に立たなくなる。鍛鍊中に無理が出来ない、否、鍛鍊が出来ないのだ。
こんなハガネ野郎には、何とかカンタンに生活の型を付けてやれば良い、自分でその型に満足してカンタンに自分でヤキを入れて固る。
大きな仕事をするなまがねの様な人物は全くすくない。日本刀を作るなまがねが少くない様に、一緒に日本改造に力を合せてくれるなまがねの人物はないのか?
刀は要するに光ってゐなくとも良いのだ。さびが出ない程鍛鍊されたなま金であれば良いのだ、人間も光ってゐなくとも良いのだ。只、立派に鍛鍊された地金、なまがねであれば良い。
「刀は光るからって、切れるものではないワイ」と。
