櫻井老は言った、刀に二通りある、實用刀と鑑賞用だと、細身は實用にならぬ。如何によい鍛えであっても、細身では敵が薄着の時には良いかも知れぬが、厚着、甲冑の時はとても役に立たぬものである、櫻井老は常に端的に教えてくれた。そしてその理解は自分の考へで持たねばならなかったし、うっかり質問すると、それで理解の深浅を察せられて、尚ほ叱られるのであった。
「今の青年はブリキの刀だ、」とも云はれた。立派なスタイルであり、教養をやらがピカピカ光ってゐる。一度はヤアと振りかぶって、敵を驚ろかせやうが、一旦敵が当方へ踏み込んで来たら、もうペナペナで役に立つまい。
鍛鍊もヤキも這入って居ないブリキなのだ。こんな奴等は高等学府で機械でガチヤンガチヤン造り出され、メッキされたオモチヤの刀だ。
「稀にはカミソリの様な奴もあるよ」とも言う、カミソリでは切れすぎて役に立たぬ。才気走ってズカズカ切れる才人のことだ。
ハガネばかりで、ヤキがピンピン這入ってゐるから、觸れるものは、皆ズバズバ切って終う、秀才だね。天才さ、だが危くて使ひ切れない。いざと云う時に刃こぼれして終ったり、ポキンと折れて終ったら、もう何の役に立たぬ。かへって危險だ、頼りにはならない。
こんな秀才的人物は眞劍な事業には使へるものか。「大木を倒すのは鉞だよ」と言はれた。カミソリでは山の中に持って行っては何の役にも立たぬ。小枝を拂はせても忽ち欠けて終う。
