五六年前俺の趣味で鍛冶屋に山刀を打たせた事がある。刃の巾二寸厚さ五分、長さ九寸。今の登山の鉈のやうなもの、出来て来た。良く出来たと思ったが、ヤキが固い様なと思って、庭木の小枝を逆にはね上げて切ったら一寸程もポカリと欠けた。そして小指程の太さの生木の枝が切れなかったのである。
ニセ鍛冶屋〆、日本刀と同じに鍛えられると大口を叩いたから、作らせたのだ、そして、カミソリの様な奴は使はない方が良いよと言はれた事を思ひ出した
鉞はなまがねで刃のところだけハガネが少し付いてゐる。ヤキも甘い。だから、石にでも当ったら、欠けないで引っ込む程の柔らかさである。この柔らかさがあの大木を倒すのである。欠けないからだ。
人間も鉞の様にどっしりとしてゐてこそ大仕事をやり遂げられるのだ。チヨコチヨコ器用に動いて切るカミソリでは駄目だ。見掛けだけ立派なブリキの刀では尚ほ更ら駄目だと気が付く
「地金、なま金が」なくて、ハガネが世の中に沢山ある、ハガネが多くて、地金、なまがね、礦石から作られたばかりの玉がねは人の世の中にも稀少なのである。
ハガネの鉄はなまして使う、形を付けやすい。そしてすぐヤキが這入る、形を付ける居る中にヤキが這入って終ったりする。
人間で云へばチヨイとした事を習って、チヨイとした事を覚えて、一人前のツラと態度が出来る器用な奴こんな奴は、一旦ヤキが這入ったら、切れて、切りたがって始末におへないものである。
例へば小唄を習う、チヨイと出来た、もう小唄の先生に固まって終う、施盤をやらせた。チヨイと覚えた。俺は旋盤士だ!!学校を出て学校の先生になる。一年も経つと、もういい先生らしくなり切って、他のものには使へない。
自分の小器用さが自分にヤキを入れて、そうなって終うのだ。
