カキガラ町の三畳の小屋の頃、窓の外は自動車ガブーブーでとてもウルサイ処であったが、先生、此処は山の中の様ですねと云って貰ったことがある、靴入れの箱の上に、ソーメン箱に新聞紙を貼って茶タンスにして、その頃は今のやうに面取り道安もなくて、電気コンロでお湯を沸かした。『貧』の形が山家の味ひを出したかなと思う。
三味線のお師匠さんは、バチの構え方でお弟子さんの今の気分はと判り、絲の音で、怒り、悲しみが判ると云うが、茶の湯の道でも、杓の持ち形にさへ、その時その時の気分が現はれるのではないか、否気分を現はさない様に、乱れない様に、靜かになるやうにいろいろの茶の湯の順序作法があり、それを型通り行うことに依って、心が靜まって茶が奌ぜられるのではないか、とすると、お茶のお奌前は、心も靜かにし、雑念を鎮める手段なのではないか、要するに心をしずかにしてお茶をたてるその靜める作法ばかりやることがお茶の湯の修業だと思って居はせぬか、茶を奌ずる順序を覚えることがお茶の修行だとして居る人達は目的と手段を主客顚倒してゐるのではないか、茶釜に向ったら、心靜かになれなくてはなるまい。常に靜かに、心が欲得で動揺して居ない人ではなければ釜の前に靜かに坐れないのではないか、
