流行が変り、思ひ付きに動かされると云うことは、大衆が馬鹿だと云うことである、頭の中がカラッポの証據なのである。
古代の頃は大衆は皆宗教的感念や民族的感覚で一つの生活標準を持って居たし、共通感念も強かったから思ひ付き的なことは出来なかったし、思ひ付きも活用されなかったろう、中古の時代になって、国家や民族的な集團が経済を中心とした生活の連帯になって来ると、今までの民族的な共通感念や宗教的な連帯感覚が薄れて来て、経済生活が重くなり、その為に分業が初まって、その獨自の工芸や製造をする者、文学や音楽を専業とする者のトラストが出来て、その人達によって、生活の為の規約が出来た、特殊の職業の感覚が出来て来て、共通理念も出来てくるころは、一旦出て思ひ付きが、又、固定されて、風俗になったり、仲間の掟になったりして終った。
近代の到って、個々人の生活が個々人の経済活動に依って營まれる様になると、「親族、知友、同業者」等の連帯觀念が薄くなり、次には無くなって、生活の考へ方、生活の方式まで個人的になって終った。今まで連帯の紐を締めてゐた血族觀念や、同業者相互の扶助の觀念や、極端には家としての觀念まで無くなってみると、残るのは、個人の活動の自由しかない。そして、「思ひ付き」の自由が與へられた。
