「印度には流行歌が無いのです」と云はれた。日本の様に流行歌がその時その時の大衆の気持を反映して現はれるのではないらしい。でも、音楽はあると云う、流行歌にかはるものとしては、道傍の唄であって、唄をうたひ、大きなかんぴようを用いて作った琴のやうなものを奏でるのは僧侶、その僧侶の修業や年令によって、その語り唄うものの内容に相違があるが古るい時代の僧侶や修業者或は悟れる人聖人の傳記や言葉である、そして、貧しい人達はその歌人を取り巻いて靜かに聞いてゐる。だから、印度には流行歌と云うものはないと、此の道傍の僧侶の歌をきいて、その内容を調べたら、彼等貧しくとも生き生きて来てゐる人達の考へ方が判るのではないか、そして、其処には、佛教よりも、キリスト教よりも、もっともっと徹底した教へ、人の世への批判、教戒があるのではないか、それでこそ、彼等は人生を見極めた如く、集團して靜かに生活してゐるのではないか。
少しばかりの文明を見せても、少しばかりの富を見せても、英国の永い間の植民地政策の圧迫の下にも、貧しくなり乍ら平然と、家の中の財寶を俺には不用さと泥棒に持って行かせた様に、そして、遂々英国の支配下にあり乍ら、服従せずに現在まで、彼等の彼等らしい「生き方」を保持して来てゐる、富の侵入にも武力の侵略にも新らしい物質文明にも侵入され乍ら、平然として、自分達の生活を保持して来て居る「印度の乞食たち」こそ偉いではないか。無智蒙昧不潔と云はれる、気力のない怠けものと云はれる、それは、物質に追はれ追はれアクセクとして勤勉にならざるを得なかった富んで貧しい文明人からの一方的な批判ではないか。
植民地として武力で富を奪い取っておいて、今更らに印度は貧困だと云うが、尚ほ四億の人口が食べて生きてゐるのである。富があるから?
否、彼等の思想が、宗教が、貧しくなり乍ら、生きることを示して居ればこそだ。
此の個有の生活理念を持ってゐる集團を、俺は敢て「第三国家」と云うのである。
