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「片片草」 第三国家-5

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2025-08-12

 

貧困を苦と感じない人達が居るとしたら、富をほこった者こそ哀れな者と冷笑されないか。


その印度の貧しい人達は、自分達の生活に本当の満足を感じて居るとしたら、説教しやふとしたアメリカ人こそ哀れではないか、アメリカとして本当に苦しみはないのか、そんなに文質文明は完全なものか、それが苦悩にはなってゐないか、
彼等にどんな哲学が受け継がれ、てゐるのだろう、道傍に生活し、生死を達觀したやうに遙々と過してゐる。その無為無慾の生活とも云へる、無理に飾らない不安を感じない生活の底流に大きな力を持って居る「教」があり、その思想が、彼等に安心立命の生活をさせてゐるのではないか。


不幸にして、世界の有名な哲学者も歴史家も、彼等の心から心親から子へと傳承されて来るゐる、思想と哲学を研究してゐないのではないか。


印度のタゴール大学で音楽史を研究し、歴史を講義した有名な音楽家に逢ったことがある、この人の楽器のコレクシヨンは早大の坪内逍遙博士の事業を記念した宴越博物館の三階にある、略んど世界中の、あらゆる民族の楽器を集めてあるとか。
 

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