兎に角、人間のこころなんて、一日中、六趣を輪廻と云って、六つのことをグルグル廻ってゐるのだと云うんだ、その六つとは、人間界と、地獄、地獄を天魔修羅鬼餓鬼畜性の五つ、で全部で六つである、人間で居乍ら、人間のこころになったり、天魔になったり、修羅になり、鬼に、餓鬼になり、畜性の気持になったり、フラフラグルグル、安定付かないでゐるものだと云う、此の六趣からピヨイと飛び出せば菩薩界、スーと飛んで人工衛星みたいになれば天上界、極楽だと云うんだ、地獄に重力があり、宇宙に引力作用があり、人間に慾情がある中は、天上界になんか行れないよ、佛教では此の六趣を停止せよと云うんだから凄いじやないか、俺はとても駄目だ、人間にもなり切ってゐないもん、俺が俺が俺がと天魔の根情になってみたり、しやくにさはる、ヤッチャヘヤッチャヘの修羅になったり、何でもないのに怒りたくて鬼の心になって居たり、あれも欲しい、これも欲しい、の餓鬼の気持ちになってみたり、人の親切好意が心の中に残らない畜生の心情にもなって居る、一日中、これがいろいろに現はれて忙しいこと忙しいこと、その度に怒ったり、悲しんだりよろこんだり、ネムクなったり。大変なものだ。
六趣輪廻なんて教へられなければ。此の俺だって、只のワガママ野郎で居たものを、分析することを覚えてから、地獄の地図が判って終って、歩るき憎くいったらありやしない。まあ、此の世の中も、地獄なんだよと、道案内を申しましようか。
「先生、苦しいんです、金くりが大変でいやんなっちやう」と商人の人が来る、「そんなら、商賣をやめなさいよ」エンマ大王の俺は簡單に教へる。商賣するから、金に苦しむ、これは商人の商人としての業なのだ、易者の俺は易卦のことで腹の中でひっくりかへる程苦勞して、ゴロンと寝ころんで居ても、易卦の研究してゐるんだ、芸者は三味線で苦勞画家は繪の具で苦勞ところがそれが逆に「たのしみ」なのだ、良く出来れば㐂しい、立派に出来れば自慢したい。商人も、ゼニコを運転して、ゼニコを儲ける、危い商賣にはスリルがあって面白い、ヤレヤレ甘く行ったもある、ソシテニコニコだ。
