それよか、死んだら、極楽にも地獄にも行かぬ、エンマ大王になって、三途の川の向うで、みんなの来るのを待っててやろうか、今、エンマ大王の職責に付いて居る奴は、誰だと思う、新井白石と云う奴だ、徳川中期の漢学者でね、そいつの前は誰だったか判らん、何故新井白石がエンマ大王をやって居るかって?あいつは、斯う云ってる、「俺は生きて王侯とならずんば死して閻魔大王とならん」と云ってた、遂々、一国の大名にもなれず、幕府の御用学者になって終ったんだから、今ではエンマ大王になってる筈だ。
俺が行って、メーッて睨んだら、すぐ椅子を明けて交替するね。
田舎の女房が云った、「お父さんなんか死んだら、エンマ様のところで赤鬼のところで舌を抜かれるわネ」と、二枚や三枚や十枚の舌じやない、二枚舌どころではない、娑婆でついたウソの數だけ舌がある。赤鬼の奴、俺の舌を抜き切れなくなって降参するにきまってる。
エンマ大王の仕事は面白いぜ。今の俺の様に易の鑑定するのに下腹に力を入れてリキんで、フラフラする根情を落付かせて、卦をたてて、心配しい心配しい解決するなんて手間はいらない。
チヤンとナントカのカガミと云うのがあって、前に来た奴の生きてた時のいろいろの事が寫し出されるんだ、テレビやうに寫し出されるんだ、それを眺めて居りやいいんだ、それから、俺の好きなやうに、お前は極楽、お前は地獄と左右に分ける。只、ワイロを取ってやろうと思っても、三途の川の川守ババアにみんな六道銭と云う渡し賃に取り上げられて、ピイピイの連中だからつまらない、俺は矢張り人の世の時もエンマ大王になってもゼニコがたまらないのか。でも良いさ、気に入った美人が来たら、極楽にも行くな、地獄へやらぬ、みんな此処に居ろと命令して澤山並べて置くか、現世の、昭和の此の世の俺さまも、小さい乍ら、エンマ様の様な仕事である、切角住人が来美人が来るのに、帰して終はねばならぬとは残念であるまいか、さて、佛説では六趣輪廻と云ひまして、どうも坊主くさいのは陰気でいかん、天にまします神よーと頭のテッペンから聲を出していて、アーメンと下げるとアクセントが付くのだが、昔から、死にぎは近いヂヂババに廻りくどく説教した坊主の調子は陰気でいやだ。
