毎年のことだが元旦になると、俺は妙なくせが出て、苦業をやる。
ずっと前には、遺教經の和訳をやって、巻紙に清書した、障子紙の巻紙さ、長さ四間余りになったね。又、のんの様を書いた事もある。朝九時に筆を持って、画き終ったのが夜半十二時たったこともある。
今年は波上觀音を書いた。昨年は龍頭觀音を書いた。波上觀音は蓮華の芭一つが浪の上に浮いて、其の上に觀音様が立って居るんだ。随分よく出来たと思った。と云うのは、興がのると、よく觀音様を書くが、姿はまことに良く描けるが顔音がどうしても丸ポチヤになる、可愛らしい觀音様だ。何時かは、觀音様の月にマツ毛を書いて、入れぼくろも書いたら、肉体派の觀音様になっちやった。女房が吹き出して、「お父様の好きなのは、こんな觀音様でしよう」だ。
波上觀音はそんなじやない。實に上品だぞ、だから、俺様自ら表装して、茶の間の置床の上に掛けてある、お客様が来る、俺が書いたものと知らないから、拜んで、「これは何番の觀音様ですか」「五十六番!!」妙な顔をして、「觀音様は三十三番までと聞きましたが、何処のお觀音様ですか」「此処のですよ」
何番だっていいじやないか、勝手にしやがれ!!
